デス・オーバチュア
第228話「水妖の女帝」



湖上に現れた水色の美女。
水色の波打つ髪(ウェーブヘア)は湖面に着きそうな程長く、瞳もまた透き通る湖のような水色をしていた。
着ているのは水色のシースルー(透ける布地透)のドレス。
ブイネックでチャイナのような深いスリットの裾……というか、肌に纏った一枚の長布の首から腰までが二つに裂かれたかのようだ。
例えるなら、タンクトップの吊し布が腰まで伸びていて、そこから先の布が前垂れのように足首まで垂れている。
まるで、水着か踊り子の衣装のような露出度だった。
首には白金の首輪(首飾り)が、両の二の腕(肩から肘の間)には白金の腕輪が、腰には白金のベルトが填められている。
両手と両足には踊り子のようにいくつかの白金の輪が通され、両耳にはアクアマリンのイヤリングが、首飾りからはサファイアが吊されて輝いていた。
「さて、では戯れるとしようか?」
二十代後半ぐらいの絶世の美女は、背中を通して両手に絡まっていたストール(細長い帯状の肩掛け)を右手で引き寄せる。
ストールは白金の長槍へと転じ、美女の右手に握られた。
「我が名はセルリアック・シフォン・アクア・メー……」
「略してセシアちゃん」
「メ……メルローズ……うう……」
美女の名乗りを、アリスの呟きが台無しにする。
「誇り高き水妖の女……」
「今ではただの人形よ」
「水妖の女帝! 麗しき水の妖精……」
「大量の水がある所でしか現臨(げんりん)できない役立たず……」
「水の妖精姫(ようせいき)! ええいっ! お主はしばらく黙っておれ、マスター!」
水色の美女セシアが槍を突きだすと、彼女の背後の湖から津波のように大量の水が放たれ、アリスを呑み込んだ。
アリスを呑み込んだ津波は森に拡がって消えていく。
「はいはい、大人しく観戦しているわ……」
津波に呑み込まれたはずのアリスが、空飛ぶ黒いトランクに乗って、水浸しになった眼下の森を見下ろしていた。
「……えっと、もう初めていいの?」
クロスは、巻き添えで津波に呑まれるなどというドジはせず、ちゃっかりと大木の枝の上に逃れている。
「うむ、待たせたな……では、心ゆくまで戯れようぞ」
セシアが軽く左手を持ち上げるように振った瞬間、数滴の水飛沫が飛び散り、その水滴の一滴ずつが水の刃と化してクロスに襲いかかった。
「おっとっ!」
クロスは枝から飛び降りて、水刃(すいは)の群をかわす。
水刃は恐ろしい鋭利さで、木々を切り刻みながら、森の奧へと消えていった。
「ふむ、この木々は少し邪魔じゃな……」
セシアの右手の白銀の槍が再び、水色のストールに戻る。
ストールはいつの間にか濡れて……大量の水を含んで重くなっていた。
セシアは何を思ったのか、頭上でストールをビュンビュンと回転させ出す。
「何をする気?」
クロスは相手がどんな攻撃をしてきても即座に反応できるように、警戒態勢……万全の構えをとっていた。
「なあに、猿のように枝から枝に飛び回られたりしては面倒なのでな……平地にさせてもらうだけじゃ」
頭上のストールが信じられないほどの高速回転をし、凄まじい勢いで回転範囲を広げていく。
「えっ……ちょっと……」
「水流斬刃(すいりゅうざんじん)!」
「つぅっ!?」
クロスは反射的に空高く飛び上がった。
「な……なんて豪快な……」
眼下から森が消えている……より正確に言うなら、見渡すかぎり『切り株』だけになっている。
解き放たれたストール……いや、巨大な水刃の一閃が全ての木々を薙ぎ払ったのだ。
「これで少しは戦いやすくなったかのう?」
元の長さと太さに戻ったストールは、普通のストールのようにセシアの肩に自然にまとわりつく。
「豪快というか……無茶苦茶ね……」
クロスは一つの切り株の上に降り立った。
どうもまだ、目の前の美女の強さが計りかねる。
一目で強いと解る強大なエナジーとかを放出しているわけではない、寧ろ、澄んだ湖面のような穏やかさを感じさせた。
だが、その穏やかな湖は、先程の攻撃のように一瞬で荒々しい大津波に転じるのである。
「さあ、ここからが本番じゃな」
セシアは両手を広げると、それぞれの掌の上に、巨大な水球を生み出す。
「それっ!」
両手を交差させるようにして、二つの水球がクロスに向かって投げ放たれた。
「とっ!」
水球は200q近い速度を出していたが、事前に投げられることは予測できていたし、クロスには避けられない速さでもない。
クロスに跳躍で回避された水球は、互いにぶつかり合って爆散した。
「並みの人間じゃあるまいしその程……ど!?」
空中で背中を反らせたクロスの鼻先を、水色のストールが掠めていく。
一瞬でも反応が遅れていたら、ストールによって首が跳ね飛ばされていた。
ストールは襲いかかった時と同様に一瞬で引き戻され、元の普通のストールとしてセシアの首に巻かれる。
「ちっ……どうも調子が掴めない相手ね……」
地上に着地しながら、クロスは舌打ちした。
圧倒的なパワーの光線とかを放ってくるとか、剣なり拳で接近戦を挑んでくるとかなら、クロスとしても対応しやすい。
しかし、離れた位置からいきなり、『水』を飛ばされたり、ストールを伸ばされたり、どうも間合いやタイミングが取りにくく、反撃しにくい攻撃ばかりだった。
「なら……無理矢理でもこっちの調子(ペース)に持っていくだけよ!」
決断するなり、クロスはセシアへと駈ける。
ごちゃごちゃと考えずに、とにかく接近戦に持っていけばいいのだ。
無論、向こうも『水芸』やストール攻撃で間合いを詰めさせないように迎撃してくるだろうが、なんとかかいくぐってみせる。
「お主……自分が魔術師ではないのか? 完全に格闘家の戦法じゃぞ、それは……」
水球を両手からそれぞれ投げつけながら、セシアは呆れたように嘆息する。
「あっ……」
言われてクロスは気づく、魔術で遠距離攻撃という選択肢が脳裏に浮かびもしなかった自分に…。
「あ……しまっ……!?」
そして、そのことに気を取られた一瞬の隙を逃さず、二つの水球がクロスを挟み込んで爆発した。
「……痛ぅ……痛いじゃないの!」
水の爆発が晴れると、自らの体を抱き締めて、激痛に顔を歪めているクロスが姿を現す。
「痛いで済ますな……まったく、呆れた丈夫さじゃな……」
普通の人間なら、水の爆散の際に肉体も弾け飛んでいるはずだ。
「咄嗟に魔力で全身をコーティングしたのか? ふむ……」
セシアの周囲に水球が次々に生まれていく。
十、五十、百、二百、四百……千を超えても、水球はまだまだ増え続けていた。
「ちょ、ちょっと待っ……」
「万もあればお主を倒すに足りるかのう?」
彼女の言葉通り、水球の数は一万を超えてまだ増殖を続けていた。
「ちぃっ!」
待てば待つ程、一秒に数千単位で水球は限界なく増えていく。
水球の無限増殖を止めるため、クロスはセシアに殴りかかった。
飛び込んだ瞬間、水球が一斉に解き放たれることは解っている。
それでも、向こうが攻撃してくるのを待てば待つほど状況は不利になるのだ。
危険覚悟で懐に飛び込むしかない。
上手く一瞬で間合いを詰められれば、水球の爆発に自らも巻き込まれることを恐れて、セシアは水球を放たない……可能性もあった。
「滅殺!」
「水天彷彿(すいてんほうふつ)!」
「なっ!?」
クロスの拳が届く寸前、ゆうに十万は超える水球が一斉に解き放たれる。
十万の水球は全方位からクロスとセシアに激突し、水の大爆発が森を埋め尽くした。



「弱すぎて話にならぬのう〜」
無傷のセシアが、湖上で美しく舞っていた。
水天髣髴の爆発で舞い散った大量の水によって、湖と森の境界はあやふやになっている。
「……だ……な……何であなただけ無傷なのよ……?」
クロスはボロボロの体で蹲っているが、健在ではあった。
「いやいや、跡形もなく消し飛ばなかったお主も充分に化け物じゃぞ」
水の妖精姫セシアは舞いをやめると、愉快そうな微笑を浮かべてクロスを見る。
「……質問に……答えなさいよ……」
「ふん、水は妾のエネルギー源じゃぞ。浴びて力が回復こそすれ、痛手など負うわけがあるまい」
セシアは当然のこと、この世の絶対法則だとばかりにきっぱりと言い切った。
「イ……インチキよ……いくら自分の属性の力だからって……あの衝撃と爆発で怪我一つしないなんて……くうぅ……」
クロスは悔しげ、そして苦しげに呻きながら、なんとか力を振り絞って立ち上がる。
「おお、立ち上がったか? よい根性じゃ〜」
セシアの足下の湖から、水球が次々に吐き出されていった。
「わざわざ自らの『力』を消費して無から水を創りださなくとも、ここには水がいくらでもある……楽で良いのう〜」
水を生み出す、水を球や刃などに形作る、解き放つ(操る)……といった三行程を二行程に短縮でき、力の消費も形成と操作だけなので格段に少なく済むのである。
「……地形効果ってやつ? あなたに有利すぎじゃない……」
「また卑怯とかぬかすつもりか? わめいている間に球はどんどん増えるぞ〜」
「言わないわよ!」
クロスは先程よりもさらに速いスピードで、セシアへと駈けた。
「ほう?」
「滅殺! シルバーナックル!」
水球発動の間も与えず、銀光の輝きを放つ右拳がセシアの顔面に叩き込まれようとする。
しかし、シルバーナックル(銀光の拳)は文字通り『薄皮一枚』セシアに届かなかった。
「なあっ!?」
セシアとシルバーナックルの間に水色のストールが割り込んでいる。
ストールは破壊不可能の最強の『壁』となって、シルバーナックルを遮り続けていた。
「ちなみに、妾にはまだ左手があいておるぞ」
硬質化しているストールは右手から伸びており、セシアの左手は完全にフリーである。
その上、無数の水球が彼女達を包囲してセシアの発射の合図を待っていた。
「くっ……」
まずい、クロスも左手は残っているが、セシアの左手から放たれる攻撃や水球の一斉攻撃を左手だけで捌けるわけがない。
クロスはシルバーナックルを中断(キャンセル)し、壁となっているストールを蹴飛ばして後方に逃れようとした。
だが、蹴り足が触れる直前、ストールは元の柔軟さを取り戻す。
「あっ!?」
「判断が遅い!」
ストールが蛇のように動き、クロスの全身に巻き付いた。
完全拘束されたまま、クロスは湖面に激しく叩きつけられる。
「がふぅっ!?」
「翔ぶがよいっ!」
さらに、クロスはストールによって空高く投げ捨てられた。
「往けっ!」
セシアの一声を合図に、停滞していた数千の水球が解き放たれ、クロスを追っていく。
次の瞬間、天空を水の爆発が埋め尽くした。
「…………」
セシアは頭上でストールをビュンビュンと高速回転させる。
ストールは伸び、膨れあがり、激しさを増しながら回転範囲を広げていった。
天空から、降り注ぐ大量の水と共に、クロスが落下してくるのが見える。
「水龍惨神(すいりゅうざんじん)!!!」
巨大化したストールが振り下ろされると、巨大な水龍と化し、落下してくるクロス目指して低空を駆け抜けた。
「……汝らの全てを我に捧げて……」
クロスの両手の間に多種多様な光が集まり、激しく荒れ狂っている。
「三鬼刃王神(さんきはおうじん)!」
自らを呑み込もうとする水龍の口の中に、クロスは荒れ狂う光の奔流を叩き込んだ。







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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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